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恋愛小説「天子の法則」12

実証する手段を使っていきましょう8

 誰にもヘルプを出せない!

 そう悟ったと同時に、ここに来てからずっと我慢していた苛立ちの限界がきたのだろう、自分の中の何かがぷつっと音を立てて切れたことに気付いた。

「これ呑んだら、返杯受けてもらいますね」

 自慢の笑顔が消えてしまう。自制が効かない状態になっていることを自覚しながらも、行動を止めることができない。
 椅子から立ち上がってグラスにたっぷり注がれていたワインを掲げると、水のように一気に飲み干した。

「わ!!すっげー! やっぱり牧さんは男前だな! いやあ、女なんかやめちゃえよ」

 隣で大盛り上がりのバックパッカーを見下ろしたわたしは、にっこり笑って見せた。

「じゃあ、お返しね」

 まだ半分ほどワインの残ったボトルを手に取って、バックパッカーの長めの後髪を掴んで下に引き下げ、顔を上に向かせる。

「え? なんだ?」

「口、開けて」

「え?? なんで…」

「いいからっ!」

 うろたえる彼の額をぐっと抑えて、その半開きになっている口から、すかさずボトルの口を無理矢理に強く突っ込んだ。

「ぐ…はっ! ぐっ…」

 不意打ちの行動に、彼は反撃する暇もなかったようだ。
 苦しそうに目を白黒させている彼にはおかまいなしに、ワインがなくなるまで身体に注ぎ込む。残念なことに、残っていたワインの半分は彼の胃に入ったようだが、もう半分はお行儀悪くも吐き出されてしまった。

「やだぁ~、ちゃんと呑まないと」

 空になったボトルをテーブルに戻し、激しく咳き込んでいるバックパッカーを笑顔で見下ろした。

「こ…殺され…る…」

 下を向いて涙を流しながら苦しそうに声を出す彼を見ると、胸のあたりに詰まったものがスッキリとした。
 これで少しはイッキさせられる気分が分かっただろう。

「牧さん、俺の席と変わって!」

 気付けば、すぐ後ろに慌てた様子の鳥居が立っていた。
 いつからだろうか、周りが静まり返り、わたしが注目を浴びてしまっている。

しまった!

と気付いたときには遅かったようだ。周りから向けられる視線が、どん引いていることが分かる。朋美すら、わたしに対して引きつった表情で不自然に笑いかけてきた。
 再び鳥居と席チェンジをする羽目になり、いつの間にか席移動していた三神と女子メンバーの間に座ることになる。その間にもバックパッカーの咳込む声だけが空間に響いていて、どうしようもなく居心地が悪くなった。
 常に可愛く従順な女を演じなければと思うのに、ついうっかり本性が出てしまう。

 こうなったら、酔ってやる!

 酔って全てを忘れてやろうと、誰のものかも分からない目の前にあったグラスに再びワインを注いで勢いよく口をつけた。
 確実にやさぐれてしまった。

「…牧さん、もう呑まないほうが」

 珍しく、隣の三神がわたしに恐る恐る話しかけてきた。
 だが、女性恐怖症の男に弱々しく嗜められたところで、わたしの心に響くものはない。彼の言葉など霞のようなものだった。

「大丈夫よ。わたしは強いんだから。あんたも呑めば?」

 三神のグラスにワインを注ぎかけたが、彼は手の甲でグラスを蓋してくる。

「あ…、僕はあまり呑めないんで」

 彼は首を竦めて、身体を硬くして断ってきた。
 相変わらずこちらを見ないで、おしぼりを見つめて話す彼に、沸々と苛立ちを感じはじめた。