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恋愛小説「天子の法則」16

思いどおりにならなくてこそ人生1

「きいいいいいっ」

「なあに? まだ怒ってる?」

 ステージ裏で、瑞穂がわたしの顔を呆れたように覗き込んできた。
 煌びやかなスパンコールがふんだんに使われた真っ青でセクシーな衣装を身につけて、華やかな舞台メイクを施した彼女は、周りにいたジャンルの違うダンサー達からも注目を集めている。

「瑞穂みたいに綺麗だったらな…。どんな男でも落とせるのに」

 じっと彼女を見つめて、羨ましさとともに大きなため息をついた。

「何言ってんの。何度も言うけど、あんたの見る目がないだけよ」

 傷心な上にばっさり言い切られ、わたしは更にしょげてしまった。

「ほら、天子だって可愛いじゃない。この衣装も似合ってる。いい加減、男を甲斐性で見るのはやめなさい」

「はあい…」

 鏡の中のわたしは、真っ赤で情熱的な衣装を着ているにも関わらず、全くセクシーさがない。
 改めて女としての魅力のなさを再認識してため息が出る。これでは、あの冴えない三神でさえ落とせなくても仕方がないだろう。

「ほら、もうすぐ本番なんだから。気合い入れて」

 そう言って瑞穂がわたしの背中を叩いてきた。
 今日はダンススタジオの発表会なのだが、昨日の呑みすぎで二日酔いのうえ、三神に全く関心を持たれなかったことを思い出すと、今から頑張って踊る気力なんてない。
 だるいなあ…と思っていたわたしとは正反対に、テンションの上がっている一緒に踊るメンバーが、

「わくわくするね~。色んな人がいるし!」

 と、嬉々として声をかけてきた。
 確かに今日はベリーだけではなく、ストリート系からボールルームまで、あらゆるダンサーが踊る舞台だ。客は身内ばかりとは言いながらも、小さなホールには立ち見が出るほどの盛況振り。わくわくとまではいかなくても、少しは緊張して当たり前なはずだが、どうしても気持ちがシャキッとしない。

 今日は不参加ってことにしてもらえないかなあ…。

 二日酔いで痛む頭を押さえながら講師に相談しようとしたが、彼女を探している間にもすぐ出番が回ってきてしまった。
 わたしは諦めて、一緒に踊る5人のメンバーとステージの袖からスポットライトの下に出る。会場の客席は一人一人の顔が見えるほど明るいが、やはり何のときめきも緊張もない。楽しさを感じることができないまま、どこか冷めた感覚で適当に振り付け通りに踊った。1曲は5分程度のもの。それだけのために日々練習して、当日はキラキラの衣装を身につけて、こってり化粧して…。準備だけでも大変だったというのに、ダンスが終わって拍手が起こったとき、わずかな達成感すら感じなかった。

 やっぱり潮時だなあ…

。

 好きではないベリーダンスを続けていても、楽しくもなければ、男を落とす色気も身につかないだろう。
 そんなことを考えつつ一旦楽屋に引けたが、わたしたち踊り子は再び賑やかしにと客席へ駆り出された。ホールの客席の壁際で、舞台へコールを送って盛り上げる役目だ。

「次、最後ね。先生が踊って終わりだよね?」

「あ、言ってなかった? ゲストいるって。で、今日先生が呼んできたゲストって醍亜らしいよ。だからトリが彼でしょうね…」

 隣で手拍子していた瑞穂は、わたしに向かってふふっと笑う。

「醍亜…って」

 聞き覚えのある名前に、前回の講師のイベントが頭をよぎる。

〝美しい蛾〟

 あの日の男性ダンサーだ。すっかり忘れていたが、とても魅力的なダンサーだったことを思い出して、今日はじめて気持ちが高まった。
 オリエンタルポップな曲とともに講師のダンスがはじまると、さすがに素人にはない安定感とプロらしい貫禄を感じるのか、客席の空気が一気に変わる。わたしたち生徒は派手な拍手や呼びかけを舞台に向かって送り、出来る限りに場を盛り上げていた。

「きゃ…なにっ!」

 不意に、わたしの斜め後ろにいた瑞穂が小さく叫ぶ声が耳に入る。
 何事だろうと振り返ると、いつの間に増えたのか数人の男たちの姿が目に入った。彼等は舞台に声援を送る振りをしながら、わたしたちメンバーに馴れ馴れしく手や肩を触れてくる。瑞穂は一人の男に腰に手を回されたうえ、顔を近付けられて必死で逃れようともがいていた。

「瑞穂、こっち!」

 咄嗟に瑞穂の腕を持って引き寄せようとしたが、男がしっかりと彼女を抱え込んで離さない。
 男からはアルコールのきつい臭いが漂ってきている。酔って絡んでくる男たちに嫌悪感を感じたが、大勢の客の手前では騒ぐこともためらわれた。
とにかく嫌がる瑞穂を助けなければと、今度は男の腕を掴んで彼女から引き離そうとしたが、「うぜえ」と舌打ちされ、肘で肩を強く弾くように押された。
 その拍子に階段の段差に踵をとられて、後ろ向きによろめく。

「天子!」

 瑞穂が驚いた表情で手を伸ばしてきたが間に合わず、バランスを崩したわたしは重力に逆らえないままに斜めになった。
 だが、その後の衝撃は意外にも軽いものだった。誰かが、後ろからわたしの両腕を持ってしっかりと支えてくれたのだ。