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恋愛小説「天子の法則」17

思いどおりにならなくてこそ人生2

「す…すみません」

焦って体制を立て直し振り返ったわたしの目に、美しい天女が映った。
真っ白な衣装に、シルクのベールを頭から被って、まるで現世のものではないような出で立ち。
その美しく整った顔に一瞬息を呑んだ。

醍亜…?

印象的な瞳に見覚えがあった。はっきりとした二重瞼だが、瞳の配り方だろうか、とても艶めいて見える。柔らかな風のようにステージ側へと通り過ぎた彼は、しなやかな仕草で振り返ってきた。
艶然とした微笑みを浮かべてゆっくりと腕を上げ、男たちに向かってたおやかに手招きをした。
顔を見合わせた男たちは、わずかに惑いの色を見せたが、すぐに好奇心の表情を浮かべて前を歩く醍亜についていく。彼は、滑るような足取りで舞台の前へと男たちを導くと、他の客の邪魔にならないよう、その場所に屈んで座るように手で示した。
丁度折りよく講師のダンスが終わり、照明が薄暗くなり醍亜は舞台袖へと消えた。彼のダンスがベリーのトリになるが、舞台前に座り込んだ男たちの行動が気になる。彼等は暗い客席で見た醍亜を女性と思っているに違いない。照明の下に出れば、すぐに男性だと気付いて派手なブーイングを起こすかもしれない。どちらにせよ、そのまま黙って大人しく見ている輩とは思えなかった。

「瑞穂、彼って、わたしたちが困ってるのを助けてくれたんだよね。あの男たちをあのままにしておいて大丈夫かな?」

すぐ隣に立っている彼女に目を向けたが、「…そうね、多分」と、前を見つめたまま気持ちの入らない返事を返してきた。
今にもはじまろうとしている醍亜のステージが気になるようで、わたしの声が届いていない。仕方なく視線をステージに戻したと同時にライトが完全に落ち、真っ暗な静寂の中で低音が鳴り響きはじめた。

はじまった…。

前回のイベント時と同様、曲はベリーダンス特有の音楽ではない。その音は高音へ移るにつれ、単調なようでいて奇妙にうねりを感じるようになる。トランスだろうか、彼独特の選曲だった。
捉えどころのない曲が場内を占め、さっきまでのキラキラとしたベリーのステージ感が一掃した。
紅くぼんやりとした照明が灯りはじめ、舞台の真ん中に白い球体が鮮明に浮かんでくる。それは、後ろ向きに背中を丸めて屈んでいる醍亜の姿だった。
まるで白い花の蕾のような球体は、あえて流れる音には同調せず、少しずつゆるゆると、その中にも静と動を絡めながら美しく花を咲かせていく。しなやかな身体が予想を裏切る動きをつくり飽きさせない。
薄い生地の衣装は、はっきりと彼を男性だと示していたが、舞台の前に座らされた男たちは微動さえしない。
指先まで植物と化したように繊細で美しく見える様は、客席からの見え方が計算され尽くしているかのようだ。
醍亜は、前の男たちに視線を落とすと、緩いウェーブの長い髪を何気なくかきあげ、魔性とも言える艶かしさで誘うように笑む。男たちは、わたしたちに絡んできた時とはうってかわっておとなしくなり、酔いしれたように彼に見入っていた。
滑らかさと俊敏さを巧みに使って、彼という花が咲き乱れ、佳境に入って狂い散る。ストーリーが目前に浮かぶようなダンスは、やはりベリーダンスの枠からは抜き出ていた。
舞い終わった彼は、相変わらずにこりともせず客席に一礼すると、大きな拍手に送られながら舞台から去った。

この気持ちは…。

わたしの中に再び熱く渦巻く気持ちを見つける。イベントの時以上に、激しく溢れ出しそうなその想いは強い憧憬だと気付いた。
あまりに美しく艶かしく、全てを魅了する存在感。あの魅力がどうしても欲しい。湧き上がるこの熱を持て余し、思わず隣にいた瑞穂の腕をきつく両手で握り締め、彼女を見つめて叫んでしまった。

「瑞穂、わたし、彼に個人レッスン頼んでくる!!」

「は?絶対ダメよ!!」

瑞穂に強く腕を掴み返され引き止められたが、それを無理に振り切って、気持ちが逸るままにステージ裏の楽屋に走り込んだ。
どうしても、彼の魅力が欲しい。彼のように誰をも魅了できるような華やかさを持って踊ってみたい。自分でも抑えきれない衝動が、わたしの身体を突き動かした。
醍亜を探してみるが、ゲスト扱いだからだろうか、生徒ダンサーでごった返している楽屋には姿がなかった。

まさか、もう帰った?

焦ったわたしは舞台裏を隅々まで走り回って探してみたがやはり見つけられず、パウダールームで化粧を直しているベリーの講師に走り寄る。

「あ、牧さん、慌ててどうしたの? これから集合写真取るわよ」

鏡越しににっこりと笑ってきた彼女に、挨拶する余裕も愛想する余裕もなく勢いに任せて詰め寄った。

「醍亜ってダンサー、今どこにいます?」

「…醍亜?彼なら上のレンタルスペースにいると思うけど。たしか一番奥の部屋。彼がどうかした?」

彼女は不思議そうな顔をして聞いてきたが、質問に答えている時間はない。
彼が帰ってしまうと話すチャンスを逃してしまう。

「先生、ありがとう!」

すぐさまパウダールームを抜けて、楽屋から走り出た。