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恋愛小説「天子の法則」18

思いどおりにならなくてこそ人生2

 彼のステージはさっき終わったばかりで、まだ帰ってはいないだろう。急ぐ必要はない。だが、どうしても今すぐ契約したい。彼の個人レッスンを受けられるように。
 この建物のホールは地下にあり、地上はカフェとレンタルスペースになっていて、今回の発表会関係者以外にもたくさんの人が出入りしている。階段をかけあがり廊下を走っていた時、すれ違った人たちに奇異な目で見られた。その視線に自分がベリーの衣装のまま走り回っていることに今更ながら気付いたが、着替えに戻る余裕もない。足を止めることなく、そのままの勢いで1階の一番奥の部屋をノックした。

「はい?」

 部屋の中から返事が聞こえてきたと同時に、思い切りドアを開けて声高に叫んだ。

「突然失礼します! 個人レッスン受けたいんですが!」

 一人で使うには広い20畳ほどの部屋の中に、自分の声が思いの外響き渡った。
 部屋は殺風景で、レンタルスペースらしく会議用机が端に寄せて置いてある。その上に腰をかけ、片脚だけ胡座を組むようにして座っていた人物がいた。長い髪をゴムでゆるくまとめていた彼は、一瞬驚いた表情で目を向けて来た。

 醍亜。

 ドラッグクイーンさながらの濃いめの化粧も落とさず、まだ衣装のままだ。今日のステージで目にしたどのダンサーよりも美しく華やかだった彼は、明るい場所でも一層に輝いて見える。白い肌のしなやかな筋肉は、男性とも女性とも違った性にさえ感じさせた。印象的で端麗な美しい瞳は、懐かしさのような柔らかさが備わっている。
 机から軽やかに降りた彼は、背を向けてピアスをはずしながら、

「悪いんだけどさ、ワークショップはたまにするけど…、個人レッスンはしないんだよね」

 と、だるそうに愛想ない声で答えてきた。
 確実に拒絶されていることが伝わってくるが、すぐに諦める訳にはいかなかった。

「わたし、あなたのステージにすごく魅せられた。あなたのようになりたいって思ったの。レッスン日や時間は合わせるんで、お願いできないですか?」

 そう言っている間にも、シルバーのネックレスを外している彼の仕草やうなじの美しさに見惚れる。
 ここで素直に、〝そうですか、残念です〟とは、どうしても言えなかった。
昨日、精一杯の色じかけをした三神にさんざん無視され、女としてのプライドがかけらほどしか残っていない。そのかけらを保ちたいという、つまらない意地もあるかもしれない。
けれど、醍亜が体得している魅せる力が、どうしても欲しかった。

「今日のステージは全部見た。でも、マシなダンサーは数人だったかな…。その中に、君は居なかった。そんな君が、個人レッスン受けたところでどうしようもないんじゃないか?」

 淡々と背を向けたまま話す彼の言葉が、容赦なくずきずきと胸に刺さってくる。
 確かにわたしはダンスが下手なことくらい自分で分かっている。でも、だからこそ少しでも憧れる魅力を持つ人間に近付きたいと思うのは、当然なことじゃないだろうか。彼の言葉は、ともすればダンスしたい人間のわずかな可能性も排除してしまう。

「待って。ダンスの才能がある人なら、あなたのレッスンを受ける必要がないじゃない。下手だから、あなたのようになりたいって思うんでしょ」

「…君は、何のためにうまくなりたいんだ?」

 何のため?

 彼から投げられたその質問に、わたしは即答できずにいた。
 何のためだろう。これまでベリーダンスをしていたのは、幸せになるために旦那を見つける手段の一つだったのだが、今は違う。踊りたいという、湧き出てくる渇望のような感覚。

「正直、分かりません。でも、湧き出てくるから。あなたのように踊りたいっていう気持ちが」

「・・あのさ、」

わたしに何か言いかけた彼の言葉は、派手に開かれたドアの音にかき消された。

「醍亜ー!」

 鋭く高い女性の声が聞こえ、ヒールの音がわたしの隣を過ぎ去っていく。
 部屋に入ってきたその女性の後ろ姿に見覚えがあった。金色に近い長い巻髪、濃いメイク、そしてスタイルの良さを極限まで露出させた服装。スタジオのレゲエダンス講師だ。
 部屋にいたわたしには目もくれず、醍亜の視線の前に立った彼女は、

「待ちきれなくて、来ちゃった」

 と、甘えた目つきを作った。

「わるい、待たせてるな・・・」

 醍亜は、彼女の頭に優しく手を置いた。

「ううん、大丈夫。」

 とろけそうな瞳で少し頬をふくらませ、醍亜の片腕を持って彼を見上げている彼女は、確実にわたしの存在を無視している。
 というよりは見えていない。いきなりな展開に所在なく立ち尽くしていたわたしに、醍亜は面倒そうに言葉を投げてきた。

「あのさ、見て分かると思うけど、邪魔だから出て行ってくれないか?で、ダンスの個人レッスンはありえないから」

 相変わらず振り向きもしない彼は、レゲエ講師の腰に手を回して彼女の身体を引き寄せていた。
 その場所に居られなくなり、慌てて背を向け入口へと足早に向かう。開いていた扉から外に出たが、ふと怒りが湧き上がり、当てつけとばかりに強くドアを閉めた。

 何様??

 瑞穂にあれほど止められたのに、聞く耳を持たなかったわたしが間違ってたってこと?

でも、どうしてもレッスンを受けたかった。
彼の踊りの中にはいつも胸を熱くする動きがある。もちろん、男を落とす色気が欲しいという理由もあるかもしれないが、なにより自分も舞いたいと思える踊りを目の当たりにしたのだ。

 なのに…。

 わたしは、はしたないとは思いながらも、閉まっているドアを怒りに任せて思い切り蹴った。

 感じ悪すぎじゃ!!!