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恋愛小説「天子の法則」19

思いどおりにならなくてこそ人生4

 週明けの月曜。
 内容の濃い土日が過ぎた、一週間のはじまりの日。

 仕事がはじまって気になったのは、やはり三神のわたしに対する反応だった。
彼の席はわたしの席からそう遠くない場所にある。ちらちらと様子を伺ってみたが、彼はいつもと変わらない。何をするでもなくぼんやりと座り、誰かに話しかけられると挙動不審気味に応対している。わたしがお茶を入れて持っていっても、いつもと同じ様子で小さくなって頭を下げただけで、特別な変化はなかった。
 土曜日、わたしをタクシーに押し込め、捨て台詞を吐いた彼は幻だったのだろうか。かなり酔っていたせいで極端な人格変化が起こったのだろうか。コンパでわたしが誘惑したことなど何も覚えていないようだ。
 ほっとしたようなスッキリしないような、微妙な気持ちで今日の雑用をこなしていると、デスクの上に置いていたスマホにメールが入る。

 [天子ちゃん、今日お昼行こうよ]

 メールは朋美からで、ふと顔を上げて経理の席に目を向けると、彼女は小さく手を振ってにっこり笑ってくる。
 きっと先週末のコンパで解散した後の、わたしと三神とのことを聞きたいのだろうと、心の中で苦笑いしながらも了解の返信をしておいた。

 さて、どう言えばいいものだろうか…。

 朋美に三神を落とそうとして失敗したとありのままを伝えるべきか、もしくは酔っていて覚えていない振りをするべきか。考え抜いた結果、後者を選んだ。朋美とは仲が良い友達というわけではない。あくまで職場が同じというだけで、しかも立場は正社員と派遣社員。ここは〝酔ってて覚えてませ~ん、うふっ〟と波風を立てない選択をするべきだろう。
 だが、彼女がわたしをランチに誘ったのは、そういう話を聞きたかっただけではなかったようだ。

 昼になり、会社のビルから少し離れたカフェに誘われたわたしは、席についてランチの注文を終えたあと、いつもより神妙な顔つきの朋美の表情が気になっていた。
 彼女は重い表情でじっと見つめてくる。

「ど…どうしたの?」

「…ねえ、この前の土曜…」

「あ、あの日ね、気がついたら自分の家だったんだ。酔っててあまり覚えてないんだけど、わたし、何かした?」

 朋美が三神とのコンパ後の成り行きを聞いてくる前に、彼女の言葉を遮って先手を打つ。

「え、覚えてないんだ?」

「うん、イタリア料理店で飲んでたのは覚えてるんだけど、途中から記憶がちょっと…」

「なあんだ、そうなのね。でも、ちゃんと帰れたの?」

「大丈夫。帰れたよ。心配してくれてたの? ありがとう」

 わたしはおしぼりで手を拭いている朋美に嘘をついている罪悪感を持ちながら、何とか誤魔化せたことに安堵してにっこり笑ってみせた。
 だが、彼女は少し考えるように視線を落として見せたかと思うと、いきなり黙ってしまう。

「え、なに? どうかした?」

「…うん、わたし天子ちゃんに相談…ていうか、言わなきゃいけないことがあって」

 相当に思いつめた表情で見つめてくる朋美の瞳に一瞬たじろいだ。

 お金の相談だろうか? それとも男?

 そんな相談なら両方ともわたしの範疇外だ。
 何の話だろうと不安になって言葉を待ち構えていたが、聞き逃しそうなほど小さく呟いてきた彼女の声に、わたしは一瞬固まった。

「え?」

 聞き返したわたしに、朋美は日ごろは見せない真剣な表情でもう一度同じ言葉を繰り返す。

「だから、わたし、前から三神さんが好きなの」

「は?…ぁ」

 思わず目が点になってしまった。
 だが、朋美の表情に嘘は感じられない。彼女の身体も声も緊張気味で硬くなっていることが分かり、本気さが滲み出ていた。

「え!? ええ? 待って! てことは、コンパしたのも三神さん目当てだったってこと?」

「…実はそうなの。でも、そんなこと恥ずかしくて言えなかったの。で、あの日天子ちゃんがやたらと三神さんにベタベタしてたから、もしかしたら二人はあの後どうにかなっちゃったのかと思って…」

「はあ…。なるほど…」

 まあ、こちらにはどうにかする気持ちはあったのだが、三神が簡単に落ちてくれなかったのだ。
 朋美に三神を狙っていたことを言わなくて本当に良かった。ここで真実を伝えていればどうなっていたことか、想像するだけでぞっとする。
 店員が運んできたランチをタイミングに、空気の流れを変えようと試みた。

「大丈夫。わたしが三神さんと何かあるはずがないじゃない。朋美ちゃんこそ、はじめから言ってくれればよかったのに。ま、とりあえず、食べよう」

「うん、天子ちゃんが三神さんとどうにかなってたら、仕事辞めてたかもしれない…」

 うっそーーーー!?

 わたしは平気な顔をしていたが内心は冷や冷やものだった。
 彼とは何もなかったことは確かだが、いろんな手法で誘いまくったのは事実だ。

「やだな、三神さんとどうにかなんて万が一もないから。ほら、心配してないで食べようよ」

 サラダの器に伸ばした手の平に、じわっと冷や汗を感じながら他の話題にすりかえようとネタを探したが、こういうときに限って見つからない。
 相変わらず、前の席で箸を持とうとさえせずにわたしを見つめている朋美の視線が怖かった。