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恋愛小説「天子の法則」21

とりあえずは一所懸命1

 日曜日のベリーダンスレッスン後、わたしはめずらしく講師に呼び止められた。

「牧さん、身体の使い方がすごく良くなったわね。最近頑張ってくれてるから嬉しいわ!」

 目をキラキラさせながら激励され、「いやいや、あなたの指導の賜物ではないのですよ」と
心の中で苦笑いしたが、大人なわたしは「ありがとうございます。先生のおかげです〜」と頭を下げておいた。

「天子、ちょっと一体どういうこと?」

 更衣室に入ると、待ち構えていた瑞穂が鋭い目つきで詰め寄ってくる。

「え?」

「なにがあったの?天子がダンスの上達なんて、ありえないでしょ??」

「あ、えーっとですね、落ち着いて。説明するから、ね」

 誤魔化し笑いをしたわたしは、興奮気味の瑞穂の手を引いて、とりあえず部屋の端にある長椅子に座らせた。

「説明して。わたしがレッスンを休んでいた間に、何があったの?」

 瑞穂は、隣に座ったわたしを怪訝そうな顔つきをして見つめてくる。
 スタジオレッスンは隔週日曜日の午後にあるのだが、瑞穂は前回のレッスンを休んでいたのだ。ということは、彼女とレッスンで顔を合わせるのは一ヶ月振りになる。
 たった一ヶ月で、驚くほどにわたしの動きは変わったということだろう。

「あのですね、結局、醍亜に個人レッスンをお願いすることに成功しまして」

「…え」

 瑞穂の表情が驚きで固まった。
 そう、わたしは今、あのとっても感じの悪い醍亜のレッスンを受けている。彼がどんな性格であろうと関係はない。あの人のダンスに惹かれ、なにがなんでも個人レッスンを受けると決めてから、粘りに粘って勝ち取ったレッスンだった。

「嘘でしょ?彼は絶対にプライベートレッスンはしないって聞いたよ?」

 瑞穂は驚きを表情から消さないまま、わたしを凝視した。

「粘り勝ちかなー」

 醍亜に発表会で個人レッスンのお願いを断られたあと、それでも諦めきれなかったわたしは、スタジオのベリー講師に醍亜の連絡先を教えてもらっていた。
『イベントの出演依頼をしたいんで』と適当に理由をつけて聞くと、彼女はすぐに彼のアドレスを教えてくれたのだ。
 そして、メールの猛攻撃。大アプローチの末に勝ち取った個人レッスンだ。

「…粘って彼のレッスンが受けれるものなの?どんな粘り方したの?」

 瑞穂は、少々疑惑を含んだ目つきをつくる。

「毎日、朝昼夜にメールしてただけ。あなたのレッスンで踊りたいって」

「ふーん…。彼も根負けしたのかな。あの醍亜がねえ。で、どこのスタジオでレッスン受けてるの?」

「ん、メール」

「メールってなにが?」

「だから、レッスンが」

 瑞穂は理解に苦しむ表情で首をかしげ、「まさか、オンラインレッスン??」と、聞いてきた。

「ちがうよ。メール。毎日メールでレッスン内容を送ってくれてる。たまに動画つき」

 わたしの言葉にしばらく無言になった瑞穂だったが、「メールレッスン…」と呟くと、耐えきれなくなったのか、吹き出すかのごとく笑い出した。
 はいはい、そうですよ、わたしの個人レッスンごときで彼は動きません。メールで十分だろ。てことらしいです。

「そっかー、メールね。だよねー。いまだかつて醍亜の生徒なんて一人もいなかったもん。でも、メールでレッスンしてくれてるだけでもすごいと思うよ?」

 なかなか笑いのおさまらない瑞穂に、「まあねー」と、気のない返事をした。

「それに、すっごい上達してるもん。ほんと、彼はすごいね」

 まだ笑っている彼女。
 確かに彼はすごいのだろう。毎日2回、朝と夕方にその日のレッスンメニューをメールで送ってくる。ステップや手の使い方など事細かに指示があり、正直なところ、ここのリアルなベリー講師よりもずっと分かりやすいのだ。

「で、レッスン代は?」

「出来高だって。メールレッスンが終わったら、上達具合を見て決めるらしいよ。メールだからリアルの相場よりは安くするらしいけど」

「えー、わたしも醍亜のメールレッスン受けたいなあ」

 瑞穂は、茶化すようにわたしに言ってきた。

「受けてみる?それとなく聞いておいてあげようか?」

「冗談よ」

 彼女はなぜか嬉しそうだった。
 嬉しそう、というよりは安堵した感じだろうか。わたしが醍亜のレッスンを受けていると言った途端に浮かんだ表情の強張りが消えている。

「ねえ、なんだか彼の個人レッスンがメールでほっとした?もしかして、彼となにかあったの?」

「え?なにもないよ。天子、勘ぐりすぎ」

 そう笑って答えた彼女は、「この後予定あるんだ、ごめん、先に帰るね」と、着替えもせずバタバタと荷物を抱えて更衣室から出ていった。

 あやしい。。。

 瑞穂と醍亜の間になにがあろうが、わたしには関係ないのだが。関係ないというと冷たいかもしれないが、彼女の恋愛には首を突っ込まない。わたしよりもずっと恋愛上手なのだから。
 だが、もし二人に何かあるとしたら、発表会に出くわしたレゲエ講師はどういう立場なのだろう。まあ、彼の恋愛遍歴などどうでもいい話なのだ。レッスンさえ受けさせてくれるならそれでいい。

 着替えを済ませたあと、今日の午前中に届いたレッスン内容をもう一度確認してみる。腰の動きの細かな説明に動画が添付されていた。
 “ダンスはとびきり上級だが人間的に非情で、女遊び以外は真面目な性格” が、わたしの彼へのイメージだった。
 そして、彼の個人メールレッスンとは別に、バレエのレッスンも他の教室で受けはじめた。ダンスの基礎はバレエと聞いたことがあったからだ。小学生の頃に習っていたからだろうか、少し踊ってみるとなんとなくではあるが感覚は思い出す。
 わずかながら、踊るということが板についてきた自分に自信が生まれはじめていたが、ふと定期的に訪れる不安感&焦りがあった。

 なんと、婚活する時間がないのだ!!

 わたしの幸せは結婚!!しかも旦那はお金持ちという設定だ。まさか、ダンスに時間を奪われて婚活できない事態になるとは、夢にも思わなかった。両立させるにはどうすればと頭を抱えたわたしに、メール着信のバイブが聞こえた。
 開くと醍亜からの本日2回目のメールが送られてきている。午前中に送られてきた腰の動きの別バージョンが、相変わらず丁寧な文章で、事細かに分かりやすく表現されている。そして、別記として、この動きをマスターすれば他のダンスにも応用がきくと記され、そのジャンルまで説明されている。彼は本当にダンスのことに関してだけは真面目で情熱的なようだ。
そして、その情熱に応えるごとく、彼のメールの通りに練習を重ねてはいるが、日々必死で追いついていっている状況だった。
 けれど、あれほど執念深く個人レッスンを頼んでおいて、最終的に出来ませんでしたとは絶対に言いたくない。

 やはり、婚活は後回しにするしかないか…。

 今はターゲットとする相手もいないこともあり婚活のことはひとまず休止。
 頭から追い出して、とにかく醍亜のレッスンに力を入れようと決心した。