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恋愛小説「天子の法則」22

とりあえずは一所懸命2

 ダンスで頭がいっぱいになっている今日この頃。未来の旦那探しのために就いた派遣の仕事にはことさら興味を失ってしまった。
 次回の契約更新はしないかもしれない。1日中雑用をして過ごす今の職場には、自分のメリットを何一つ感じられなくなってしまったからだ。
  今日も、お茶出し、電話対応、お遣い、などなど。以前は婚活情報を得るため、空き時間にネット検索をしていたのだが、今は全く必要がなくなった。結局、就業時間はとても退屈で暇な時間となってしまったのだ。

「牧さん、こんな時間に申し訳ない。頼まれてほしいんだけど」

 帰り仕度をしようと考えていた定時寸前、部長直々に頭を下げて頼みごとをしてくる。

「どうしたんですか?」

 何事だろうと構えたが、彼が手にしている封筒をみて、帰る途中でのお遣いだろうと察した。

「この資料、三神に持っていってほしいんだ。鳥居も同行してるだろうから、どっちに渡してもらってもいい。もう会食中だと思うんだが、駅前の広東料理店にいるはずだから」

「はい。承知しましたぁ」

 面倒だなあと思いつつも、わたしは笑顔で了承した。
 最近、彼の姿は朝の出勤時にしか見ていない。この会社の営業職は外に出ていることが多く、基本的に夜も接待漬けで、昼間は週に1度程度、顔をちらっと見るくらいなものだ。
 三神への使いなら朋美に頼もうかと視線を投げると、部長との声を聞きつけていたのか、いそいそとこちらに足を運んでくる姿があった。

「三神さんへに届け物?」

 近くまで来て軽くかがんだ彼女は小声で聞いてくる。

「うん、聞こえてた? 朋美ちゃん、行ってくれる?」

「もちろん。でも、部長に頼まれたのは天子ちゃんだから、一緒に行こう。でないと評価が下がるかも。わたしは単におつきあいってことで」

「え、評価なんかどうでもいいよ。派遣だし」

 苦笑いしたわたしに、朋美は、「ダメよ。この会社はそういうことに厳しいから」と、諌めてくる。
 朋美に私の代わりとして行ってほしかったのに、これでは意味がない。はやく帰ってダンスのレッスンに勤しみたかったのだが、仕方なく部長に指示された広東料理店に朋美と資料を届けに行った。
 勉強会とは名前だけで、なんのことはないただの接待だろう。店の入口で店員に会社の名前を告げると、すぐに個室に案内された。

「朋美ちゃん、ここで待ってるから行ってきて」

 二人で部屋に入るのも仰々しいと思い、わたしは部屋の外で待っていようとしたが、彼女はなぜか一緒に来てほしいと言う。
 いつもより強引な彼女に流され、部屋の中に足を踏み入れた。いかにも中華料理店らしい壁も天井も濃い赤一色の部屋。中にいたのは、ターンテーブル席に座っていた6名。三神と鳥居以外は得意先の関係者で、すでにいい感じにアルコールが入っている様子だった。

 こんなはやい時間から勉強会で飲んだくれですかー。

 わたしは皮肉な笑みを浮かべた。

「あ、資料ありがとう。助かったよ」

 すぐさま鳥居が立ち上がって朋美の書類を受け取りにくる。
 そんなときも三神は何をすることもなくぼんやりと座っていた。

「では、失礼しました」

「あ、ご一緒にどうですか?」

 わたしたちが引き上げようとしたとき、得意先の会社の一人が声をかけてきた。
 どうせ酌係にでもしようというのだろう、わたしは聞こえなかったふりでスルーしたが、朋美がいきなり食いついた。

「え、いいんですか?ここの店の料理食べたかったんです」

 まじで?!

 彼女は三神に近づくチャンスがほしいのだろう、壁際に置いてあった椅子をテーブルの空いている空間に持って行って座り、みずから進んでお酌をはじめる。
 彼女一人でも大丈夫だろうと、こっそり帰ろうとしたが、部屋の入り口のドアに手をかけたところで、「牧さんもはやく!」と朋美から声をかけられた。

 余計なことを!!

「あ、ここ空いてますよ。どうぞ」

 得意先の一人が隣の空間を示してくる。

「あ…、ありがとうございます」

 渋々、テーブル席まで椅子を持っていくと席に着いて、愛想笑いを浮かべた。
 お誘いを断りたかったのだが、さすがに、空気を読まなくてはいけない空間だと分かっていた。丸いテーブル席、ちょうど対面したあたりに三神と鳥居が座っている。
 参加者たちはすでにほろ酔いで、しばらく様子を見てから抜け出しても気付かないだろうと脱出を画策する。朋美は、得意先の参加者たちにお尺をして回っていたが、わたしはテーブルの上の食材を黙々と胃袋に入れていた。社員でもない人間は、点数を稼ぐ必要もないのだ。

「お名前、教えてもらえるかな?」

「…牧といいます。派遣社員です」

 隣に座っていた、この中では一番年齢が高く見える得意先社員に名前を聞かれ、勉強会に自己紹介なんかいらないだろと思いつつも答えた。

「社員じゃないのか。じゃあ気楽でいいねー」

「はあ、まあ…」

 愛想笑いで頷いたが、このままだと自分の自制心を保つ自信がない。
 前に座っていた鳥居が、他の接待相手と雑談しながらも、こちらをチラチラと気にしてくる。前回のコンパでのわたしの失態を思い出したのだろう。