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恋愛小説「天子の法則」23

とりあえずは一所懸命3

 会社員て、大変。。。空気読みすぎるくらいに気遣いしなきゃいけないなんて。
 つくづく感じる。日本のサラリーマンは大変だ。そりゃあ、うつ病にもなるだろう。

「あ、お酒ついでくれる? 君も彼女を見習ったら正社員になれるかもしれんよ」

 隣の得意先社員は、コンパニオンのごとく参加者たちを接待している朋美を見て、ニヤニヤしつつコップを差し出してきた。
 酔って気分がよろしいらしい。どうしてわたしはこういう勘に触るタイプばかりを引きつけるのだろうか。修行だと割り切ってテーブルに置いてあった紹興酒をコップについだ。

「だめだね、失格。お酌は両手が基本だよね」

「はぁ、すみませーん、気をつけますー」

 これ以上、隣の社員と絡むと再び前回のコンパの二の舞になりそうだった。
 できるだけさらっと会話を流して、トイレに行くふりをして席を立つ。女子トイレでしばらく時間を潰した後、このままこっそり帰ってしまおうかと迷いながら外に出ると、廊下に鳥居が立っていた。

「牧さん!ちょっと」

 手招きしてきた彼は、わたしを目立たない隅のほうへと導いた。

「部屋に戻ったら僕の席と変わって。今日の勉強会は三神の大きなチャンスでもあるからさ。頼んだよ」

「はあ。。」

 きっと彼は、わたしに前回のコンパのようなことはしないようにと念を押したかったのだろう。
 わたしだってこんな場所に来たくて来たわけではない。理不尽な気持ちを抑えながらも部屋に戻り、三神の隣の鳥居の席に座った。少し遅れて戻ってきた鳥居は、わたしが座っていた席に着くと、早々と隣の社員に機嫌を取っている。本当に日本のサラリーマンは大変だ。
 ふと、斜めから痛いほど感じる朋美の視線。わたしが三神の隣に座ったことが気になっているのだろう。当の本人の三神は相変わらず誰とも会話はせず、一人で資料を見たり、ぼんやりと紹興酒に口をつけたりしていた。

「三神さんは鳥居さんみたいにトーク戦術しないんですか?」

 わたしは半分、嫌味で聞いてみた。

「…あ、苦手なんで…」

 一言、返ってきた。
 いつもの彼だ。こんなに会話のできない営業マンで仕事が取れるのだろうか?鳥居は三神のチャンスと言っていたが、ほぼ鳥居の努力で三神の成績につなげているのではないだろうか?
 三神と反対側の隣席には雰囲気がまだ初々しい得意先の男子社員が座っていた。わたしの立場としては、この男子社員を接待するべきなのだろうが、そんなサービス精神は持ち合わせていなかった。
 もうそろそろ帰ってもいいだろうと、頃合いを見計らって朋美に目配せをしてからカバンを持つ。椅子から立ち上がろうとしたそのとき、「え、まさかまだ帰らないよね?」と、後ろからわたしの肩を生ぬるく掴んでくる手があった。

「もうちょっと居なさいよ」

 その手は席を移動する前に隣にいた得意先の社員だった。
 初々しい男子社員を横から押して椅子から立たせ席を奪った彼は、アルコールの摂取量が増えたのか、かなりご機嫌なようだ。

「え、課長、勘弁してくださいよ〜。ちょっと飲みすぎじゃないですか?」

 立たされた男子社員は、苦笑いして席を移動していく。
 再び隣の席となった得意先社員は、わたしの手を握ると、とても心地の悪い撫で方をしてきた。なにより衝撃なのが、この無礼極まりないおっさんが課長という肩書きらしいということだった。

「あ、すみません、もう帰らないと。予定があるんで」

 課長の酒の匂いと手の生ぬるさが我慢できずに、それでも気を遣って丁寧に手を引きカバンを持つ。

「は? こっちはお客様だよ? ほら、カバン置きなさい」

 わたしが抱えていたカバンを力づくで取りにくる。
 普段はモテないわたしだが、酒の席ではとてもモテるのだ。ただし、酔っ払ったどうしようもない男たち限定だが。
 鳥居に目を向けたが、とにかく我慢してくれと言わんばかりの表情を返してきた。

「わたしじゃ、お話し相手にならないですか?」

 いきなり、朋美が席を立ってこちらに向かってくる。
 さっきから朋美はこの席に座る機会を狙っていたのだろう。当たり前だ。三神と少しでも近づくために彼女はこの勉強会に入り込んだのだから。

「ダメダメ!あんたじゃダメ」

 課長はすぐ近くまで来た朋美を、しっしと猫でも払うように追い返そうとする。

「あの、わたしより彼女のほうが楽しいと思いますよ。とても気がつく人だし」

 自分の代わりに朋美を座らせようと立ち上がったが、すぐに課長に腕を掴まれた。

「ダメだって!あの子貧乳でしょ。君みたいに巨乳でないと僕の相手はできないの。」

 その言葉を聞いた途端、前回のコンパと同様に、自分の中でなにかが音を立てて切れたことを感じた。
 鳥居には申し訳ないが、三神のチャンスだろうがなんだろうが、わたしには一切関係がない。それに今回はおっさんに触られることに、耐えに耐えていたのだ。しかも彼は、朋美にまで屈辱的な言葉を投げている。

 どうしても許せなかった。

「酔いがひどいみたいですね、覚ましてあげましょうね!」

 課長の手を思い切り払い、テーブルに置かれていた水さしを持って蓋を取ると、すばやく彼の頭の上で逆さに向けた。

「…あ、な、な、なにを、なにを…」

 勢いよく、氷の入った水が落ちる。
 上半身ずぶ濡れになった彼は、あわあわとするだけで事態を飲み込めていないようだ。髪の薄い彼は、水圧でさらに貧相なヘアスタイルになってしまったが自業自得だろう。