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恋愛小説「天子の法則」4

わたしの法則を紹介します4

─1ヶ月前

 派遣会社のスタッフ専用ミーティングルーム。
 前に座っているコーディネーターは重い雰囲気を誤魔化すように、わたしに向かってやたらとにこやかに笑っている。こっちは笑える状況ではないというのにいい気なものだ。その笑顔にむかつきを感じて軽く睨みつけると、彼女は慌てて姿勢を正した。

「こちらとしてもいきなりのことで対処しきれず…。ご迷惑おかけしました」

 しおらしく謝ってくるのだが、気持ちがこもっていないことが手にとるように分かる。
 だが、感情的になると負けだ。ここは落ち着いて自分にとって有利な流れになるように持っていかないと。

「まあ…、そうなってしまったことは仕方ないとして…で、この後の仕事はどうしてくれるんですか?」

 わざと不機嫌さを目一杯に顔に出して、ねっとりと聞いてみた。

「あ、もちろん、次の紹介先は探していまして…」

 彼女は待ってましたとばかりに、手元に用意していた書類を差し出してくる。

「こちらの会社さんなんて牧さんならぴったりなんじゃないかなと…。大きな企業さんではないんですけどね、社員50名ほどの建築・設計会社なんです」

 建築・設計と聞いた途端、男性社員が多いであろうことが頭をよぎり、一瞬で直前までの不機嫌さが半減した。

「…ふ~ん」

 だが、まだだ。
 もったいぶって、あくまで気乗りしない態度を見せなくては。

「どうですか? 顔合わせしてみませんか?」

「…ん~、できれば大きな企業がいいんですよね…。まあ、いきなり打ち切りのないことが前提ですけど」

 コーディネーターが作った簡易なA4サイズの会社の資料に目を通し、わざと横柄な態度で頬杖をついた。
 わたしが、こんな態度を取っていることにはワケがある。先週、派遣先の会社の事務の仕事をいきなり打ち切られてしまったのだ。理由は会社の業績不良のための人員削減。なんのことはないよくある話なのだが、急に仕事を失うことは大きな損失だ。どうしても、すぐに仕事にありつきたい。だが、どんな会社でもいいわけではない。将来有望な旦那候補がたくさんいる優良企業限定だった。

「それは心配しないでください。いきなり打ち切りなんて、二度とさせませんから」

「…ん~、それなら、まあ」

 渋々。
 という態度を取ってみせた。そんなわたしの様子を見てか、コーディネーターは机に身体を乗り出し、声を潜めてひそひそ話でもするように囁いてきた。

「それに、その会社にはオーナー兼社長の息子さんが去年入社してるんです。今は下積みとして営業で働いているみたいなんですけどね…。それに、まあまあ業績もいい会社なんですよ」

 意味深な彼女の言葉に思わず目を光らせたわたしは、とても気になる部分を言葉にして再確認する。

「オーナー兼社長の息子? が社内にいるの?」

「ええ。それにもちろん、独身です」

〝独身〟という言葉を強調してにやりと笑ったコーディネーターに、更に極上のにやり、を返したわたしは、我慢できずに

「是非、顔合わせをさせてください!!」

 と叫んでしまった。
 その後すぐ営業スタッフに派遣先の会社に顔合わせに連れられ、ありがたくも翌日から働くことが即決する。
 たしかその日、瑞穂には〝今度働く派遣先は期待大!〟のようなことをメールしたような気はするのだが…。
あの頃から一ヶ月ほどたった今、現実はこうやってため息をついて珈琲を飲んでいるというわけで…。

「瑞穂、そのことなんだけど、ちょっと話を聞いてくれる…?」

 肩を落として力なく呟いてみせる。
 こういう表情を見せれば、瑞穂はいつも同情してくれて親身に話を聞いてくれるのだ。

「仕方ないね、聞いてあげるよ。って言いたいところなんだけど…」

「え…?」

「どうせ、期待していた社長の息子がとんでもない馬鹿息子だったとか、手の付けられそうにない遊び人だったとか、そういう話でしょ?」

 瑞穂は、今日何度目かの呆れた目つきでわたしを見つめ、顔にかかる前髪をかき上げて鼻で笑う。

「え…なんで」

「なんで分かったの? って聞きたいの?」

 にっこりと笑った彼女に、わたしは大きく頷いた。

「そういう話、これで何回目だと思う? 前回は、歯科医だったかな。ずっと病院に通いつめていたけど結局ショタコンだったよね。その前はコンパで知り合った社労士だっけ? えっと、何人の付き合ってる女がいたっけ…。で、その前は胡散臭いITの会社を創った実業家。あの男、刺されても仕方ないことしてたんだったよね?」

 瑞穂の話を聞きながら、どんどん落ち込んでいく自分に気付いた。
 彼女が今懇々と話している内容は、紛れもなくわたしが過去に目を付けてきた男達の性質。

「…でも、ちゃんと付き合ってたわけじゃないし…」

「まあ、それだけが救いね。で、またそのどうしようもない男達に追加人員が出来たってことなんでしょ? まだ話したい?」

「…もういいです」

 わたしは怒られた子供のように身体を小さくして、視線を落とした。
 友達に、自分の見る目がない遍歴を淡々と語られると、とても情けない気分になる。

「いい加減さぁ、男の外面だの肩書きだのじゃなくて、中身をちゃんと見られるようにならないと。ね」

 瑞穂は、わたしに同情を込めた瞳を向けて、優しい口調でたしなめた。
 痛いところをえぐられた感覚。彼女は正しいことを言っているだけに反論できないのだが…。

「分かってます…」

 素直にそう答えてはみたものの、本当は全然分かってなどいなかった。
 わたしには、男はとにかく甲斐性!そして金持ち男との結婚は幸せ!という譲れない法則があったからだ。瑞穂が語ったわたしの過去は、あくまで過去。これまではたまたま運が悪かっただけだろう。先の未来にはきっと理想通りの彼氏が現れて、絶対に幸せな結婚をする。
 わたしがそう決めているのだから、確実にそうなるはずなのだ。根拠のない自信だが、信じ切れば絶対にそうなるはずだと疑いもしなかった。